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静岡地方裁判所 昭和63年(わ)109号 判決 1992年2月26日

本籍

静岡市八幡一丁目六番地の九

住居

同 市有永九二六番地の四

会社役員

望月満夫

昭和一〇年一月一六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官宮崎雄一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金三五〇〇万円に処する。

被告人において右罰金を完納できないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、静岡市有永九二六番地の四に居住し、同所において有限会社静岡冷凍設備を経営するかたわら、自ら株式の売買を行うなどして多額の所得を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右売買を自己及び妻名義で行うなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和六一年分の実際の総所得金額が二億二七九万五二九五円で、これに対する所得税額が一億二八二七万三二〇〇円であったのに、昭和六二年二月二七日、静岡市追手町一〇番八八号所在の静岡税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一二五三万一三八九円で、これに対する所得税額が一四一万六八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により正規の所得税額との差額一億二六八三万八四〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

左記標目における括弧内の注記中、甲・乙を付した数字は証拠等関係カードの標目番号、<抄本>は一部不同意があり抄本を提出した書面を示す。

一  被告人調書

1  被告人の検察官に対する供述調書(乙一〇)

2  被告人の大蔵事務官松原学に対する昭和六二年九月一〇日付け質問てん末書(乙一)

一  人証

証人鈴木眞一、同松原學、同吉村友彦、同飯村正三の当公判廷における各供述

一  検察官面前調書

坂本征生(甲二四)、望月信子(甲四三)、望月教江(甲三四、甲五三<ただし、日付けは一八日の誤記>)の検察官に対する各供述調書

一  査察官の調査書

1  大蔵事務官松原學作成の昭和六二年一一月一三日付け(三通、甲六<抄本>、甲七、甲九)、同月二〇日付け(甲五<抄本>)、同月二六日付け(二通、甲四<抄本>、甲八<抄本>)各査察官調査書

2  大蔵事務官飯村正三作成の昭和六二年一一月一三日付け(三通、甲一〇、甲一一<抄本>、甲一二<抄本>)各査察官調査書

一  査察官の質問てん末書

坂本幸雄(甲一七<抄本>、甲一八)、坂本征生(甲一九から二三、いずれも<抄本>)、渡辺嘉文(甲二五<抄本>)、望月伸子(甲二六<抄本>)、望月敬子(甲二九<抄本>)、鈴木峰雄(甲二八)、望月伸子(甲二九<抄本>)、望月教江(甲三一<抄本>、甲三二<抄本>)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  その他の書証

1  静岡税務署長服部文雄作成の証明書(甲一五、甲一六)

2  静岡税務署長江川一太郎作成の証明書(甲七九)

3  国税庁作成の所得税基本通達の抄本(甲三五)

4  大蔵事務官飯村正三作成の査察報告書(甲八八)

5  三洋証券株式会社静岡支店総務課長坂本幸雄作成の証明書(甲八九)

6  大成証券株式会社静岡支店支店長中村光賢作成の証明書(甲六〇)

7  協立証券株式会社取締役社長野村菊衛作成の証明書(甲六一)

8  坂本征生作成の上申書(甲一三<抄本>)

9  大蔵事務官作成の

領置てん末書三通(甲三六、甲四一、甲七〇)

差押てん末書三通(甲四九、甲五八、甲六三)

捜索てん末書一通(甲五七)

臨検てん末書二通(甲八一、甲八三)

10  裁判官宮本聖司作成の臨検・捜索・差押許可状三通(甲五九、甲八〇、甲八二)

一  証拠物

押収してある次の各証拠物

1  取引名使用届出書等一綴(昭和六三年押第八二号の一)

2  注文伝票総括表一冊(同押号の二)

3  株式委託注文伝票二綴(同押号の三、四)及び同一枚(同押号の五)

4  売買報告書等綴三綴(同押号六から八)

5  清算書等一綴(同押号の九)

6  振込金受取書写等一綴(同押号の一〇)

7  郵便振替支払通知書等一綴(同押号の一一)

8  空封筒等一綴(同押号の一二)

9  メモ等一綴(同押号の一三)

10  取引受渡計算書等一綴(同押号の一四)

11  請求書等二枚(同押号の一六)

12  売買報告書等一綴(同押号の一七)

13  株式売買メモ一綴(同押号の二一)

14  残高照合のご案内等一綴(同押号の二二)

15  預かり証券リクエスト等一綴(同押号の二三)

(補足説明)

弁護人は、被告人の妻望月教江(以下「教江」という)名義の各株式取引にかかる売買益は同女に帰属するから被告人の所得とならず、被告人名義の株式売買回数は課税対象となる五〇回を下回る四七回と認識していたから脱税の犯意はなかった旨主張し、被告人も当公判廷において同旨の弁解供述をする。

本件の主たる争点は、昭和六一年六月二一日から始まった教江名義の三洋証券株式会社静岡支店における信用取引が、実質的に被告人の取引であるかどうかという点である。

そこで以下、右の点を中心に検討する。

一  教江名義の株式取引について

1  関係証拠によると、次の事実を認めることができる。すなわち、教江名義の三洋証券における信用取引は、昭和六一年六月二一日から始まっているところ、これに先立ち、当時、三洋証券静岡支店の営業課長であった坂本征生は、右教江名義の株式取引に関し、被告人の経営する有限会社静岡冷凍設備の事務所に赴き、同所で被告人作成名義の三洋証券株式会社宛ての取引名使用届出書(昭和六三年押第八二号の一、甲三七)を徴し同社静岡支店長宛てに取引名使用顧客報告書を提出している。

ところで、三洋証券株式会社では、昭和五三年一月二五日、顧客管理の適正化に資する目的で顧客が本人名義と異なる名義を使用する場合の手続を定め、これを<「取引名を使用する取引の取扱い基準」の制定について>と題して、各部店長宛てに通達し、同年二月一日から実施に移していたが、右取扱い基準によると、「取引名を使用する取引とは、顧客が、その本人の名前と異なる名前を使用して行う取引をいう」と定義され、顧客から取引名による取引の申出を受けた場合には、直ちに部店長に報告して事前承認を得るとともに、口座を設定する際には顧客の自署及び届出印を押印して「取引名使用届出書」を事前に受入れなければならない、とされている(甲八八)。

坂本営業課長が教江名義の株式の信用取引に当たって徴した前記取引名使用届出書は、右の内部通達に従ったものにほかならないが、この書面には、作成名義人である被告人名下と口座設定名義人である教江名下にいずれも被告人の届出印が押捺されているほか、文書の趣旨を表すものとして、不動文字で、「私が貴社との間に行う有価証券売買委託取引及びこれに関連する取引について、下記の名前及び住所を使用いたしたいので届出します。つきましては、下記名前による取引は、すべて私がその責任を負い、貴社にはご迷惑をかけません。」との記載がある。

右事実に徴すると、三洋証券株式会社の内規に基づいて作成された被告人名義の取引名使用届出書は、その体裁と文言に照らし、株式取引の責任主体、つまり取引の結果生ずる損益の帰属する者を明らかにした約定にほかならないから、特別の事情が認められない限り、右約定に基づく取引は被告人が責任主体となるとみるほかなく、この取引に際して担保として差し入れた代用証券の所有権の帰属のいかんは右認定を左右しない。

2  ところで、被告人は、前叙の取引名使用届出書の作成について、当公判廷では、自分に無断で坂本営業課長と経理事務員の望月信子との間で行われたものであるかのような弁解をする。

しかし、右文書が経理事務員の代筆であるにしろ、被告人が作成時にその場に居合わせたことは証拠上明らかであって、その作成の指示が被告人によるものであることは疑いを容れず、そして株取引に経験豊かで理財の才に長けた被告人が、何らの説明を受けることなく、この種文書の意味内容を理解しないままに作成を指示するなどということは常識上到底考えられないところであるから、被告人の右弁解はおよそ信用に値するものではない。弁護人はこのような、いわば脱税を自白するに等しい文書を自己の意思で提出すること自体、自殺的な不合理な行動であるというが、人間必ずしも常に合理的な行動ばかりするとは限らないし、まして本件では、本人名義以外の名義の使用が顧客と証券会社との間の密約に類するものであってみれば、何ら異とするに足りない。

この点に関し、坂本征生は、検察官に対し、「『保護預けになっている奥さんのKDD株を代用証券にして信用取引をやったらどうか』という話をもちかけたところ望月さんも乗り気になってそのようなことになりました。そして望月さんの会社で私が持参した取引名使用届出書に女の事務員が記載してくれました。望月さんも同席していました」と供述し、また、望月信子は、検察官に対し、取引名使用届出書について、「この要旨を渡され、社長と社長の奥さんの名前と住所を書くように言われて私が記入し会社が使っている銀行印を押して社長と坂本さんが事務所に居たので坂本さんの方に渡しました。」と供述している。

この検察官調書における両者の供述は、内容的には重要点にしぼった要約となっているが、作成時の状況について大筋で一致しており、しかも、この点は査察官による調査の段階から一貫しているうえ、それがとかくの思惑を容れる余地の少ない調査及び捜査の段階での供述であること、更に、状況的にみてみても、被告人は坂本営業課長から同人が持参した取引名使用届出書要旨を手渡されて説明を受け、これを一読して経理事務員に渡して作成を指示したとみるのが自然であり、殊に、教江名下に自己の届出印と同じ印鑑を押す(このことは取りも直さず教江名義の取引が自己の取引であることを如実に示している)ということは、その場で坂本営業課長から説明を受けて初めて可能であると思われることからすれば、十分信用することができる。これに対し、右両名の当公判廷における供述は、坂本征生については、委任された取引管理が杜撰であったことの負い目やもともと共犯者的立場にあった弱みを露呈して自己矛盾供述に落差が著し過ぎ、また、望月信子については、身内関係者で庇護的色彩が強過ぎ、いずれもにわかに信用しがたい。

なお弁護人は、右望月信子の検面調書について、同女の査察官に対する質問てん末書の中には<承諾書>という表現が使われていることを捉えて、取調べ検察官は、これを本件の取引名使用届出書と誤解しているとして、その信用性を云々する。確かに、取引名使用届出書の作成時に、所論にいう<信用取引口座設定約諾書>も作成されていることは、そのとおりである。しかし、望月信子の右質問てん末書中の当該供述部分を、その前後関係を含めて素直に読めば、同女は査察官からの質問に対して文書名を性格に特定できなかったに過ぎず(当日押収された取引名使用届出書は、その日坂本征生に対する査察調査に使用中であった)、その趣旨とするところが、教江名義の信用取引の開設に伴う必要書類を指すことは明瞭であって、取引名使用届出書のほか、それに付随する文書もあったことは格別不思議なことではなく、この点検察官の理解に誤りがあったとは考えられない。

3  このように、三洋証券株式会社では、教江名義の信用取引を開始するに当たり、事前に、内規による取引名使用届出書を被告人から徴しており、右文書は責任を負担する取引の主体を明確にしたものにほかならないから、このことだけで既に、本件教江名義の株式取引は実質的に被告人の取引であったと評価するに十分である。

なお付言すれば、次のような事情、すなわち、(1) 教江は株の信用取引には全く無知な、いわゆる専業主婦で、坂本営業課長も本件に関して教江とは何らの話もしていないこと、(2) 教江名義の株式売買の取引方法及び売買益の管理運用状況、殊に株取引の注文方法について、教江がこれに全く関与していないにとどまらず、被告人は注文に当たり坂本営業課長に対し銘柄、株数、単価、売買の別を直接指示するも、自己名義と教江名義とを区別して注文していた証跡がなく、名義の振り分けは管理を任されていた坂本営業課長の方でそれぞれ五〇回を越えないように適宜あんばいして行っていたと推認できるほか、売買益は被告人の独断で管理処分していたこと、(3) 被告人は過去にも借名による株式取引を行っていたことがあることなど、以上のような付随的諸事情も、本件教江名義の取引が実質的に被告人の取引とみる証左となりうる。

二  取引回数と被告人の認識について

所得税法施行令二六条二項(昭和六二年一〇月二七日政令第三五六号による改正前のもの)は、株の売買益に関し、課税対象となる所得の要件として、「一 その売買の回数が五十回以上であること。二 その売買した株数又は口数の合計が二十万以上であること」と定めている。

ところで、被告人は自己名義の株式の売買回数を昭和六一年末現在で四七回と認識していたという。

右政令にいう売買回数の算定方法については、現在のところ、株取引の実際界に有力な国税庁長官通達(所得税基本通達九-一五)による算定の仕方のほか、判例上これと異なる見解もみられて、その解釈が定着していない。しかし本件では、いずれの算定方法をとっても、被告人名義の売買回数だけで五〇回を越えることは検察官が論告において指摘するとおりであるところ、今仮に被告人の認識していたという四七回を前提としても、教江名義の売買回数(最低の算定方法でも二九回)を右に加算すると、五〇回を大幅に超過することは明瞭である。

してみると、教江名義の株式取引が実質的に被告人に帰属し、そして、このこと自体は、被告人も十分承知していたと認められること、前段説示のところにより明らかであるから、ここで算定方法の細部に立ち入って詮索するまでもなく、被告人には昭和六一年中の株式取引の売買益について納税義務があり、それにもかかわらずこれを履行しなかった被告人には虚偽過少申告の犯意があったと言うべきである。

三  被告人の調査及び捜査段階における自供について

弁護人は、被告人の調査及び捜査段階における自供の任意性及び信用性を問題視して縷々論難する。

しかし、本件の右各供述は、身柄拘束下におけるものではないのであって、しかも、被告人は査察段階の当初から事案の大筋について自認していたことは後述のとおりであり、被告人が自己の利害得失を十分弁えた事業家であることとも相まって、本件では供述の任意性を問題にする余地はない(この点、弁護人も当初は任意性を争わないとしていたのである)。このことは、被告人が査察開始後の昭和六二年一二月一六日に修正申告をし(甲一六)更には、公訴提起(昭和六三年三月二日付け)後の昭和六三年三月三〇日から同年一〇月一八日までの間に分割して重加算税等を納付していること(甲七九。なお、被告人が有資力者であるにもかかわらず国選弁護人の選任を申出でていたことも留意すべきである。)に照せば一層明白である。

もっとも、被告人が査察の当初から本件を自供したため、その後作成された査察官による質問てん末書の中に、読み聞けなどの手続きに不備なものがあったことは、査察官も率直に手落ちであったと認めるところである。

しかし、本件は、被告人の右の供述を除くその余の客観的な証拠だけでも立証が十分であると考えられるから、ここでは所論の中で重要と思われる点、つまり査察開始当日における調査について触れるにとどめる。

被告人は、査察開始当日である昭和六二年九月一〇日付け質問てん末書の中で、教江名義の株式取引について、「坂本課長に相談し・・・・・妻名義のKDDの株式を代用証券に提出し妻名義の取引を行い、私名義の回数が五〇回を越えないように不正な手段を講じました。」と犯行を自認した供述をしている。

この点、被告人は、右査察官の質問てん末書について、その日付けの九月一〇日には印鑑を持参していなかったので、その日に作成されたものではないと弁解し、弁護人もこれを指示して被告人の自白は当日行われたのではない旨主張する。

そこで検討するのに、関係証拠によると、名古屋国税局の査察官は、昭和六三年九月一〇日、被告人の自宅及び被告人の経営する有限会社静岡冷凍設備の事務所に対し一斉に強制査察に入り、同日午前九時零分に右事務所において査察官日角正治が名古屋簡易裁判所裁判官宮本聖司発布の令状(臨検、捜索、差押許可状<右会社事務所に対するもの>)を被告人に呈示し、右令状の余白に被告人の署名押印を得ており、更に、同日一一時一五分静岡税務署において査察官吉村友彦が同裁判官発布の令状(臨検、捜索、差押許可状<被告人の着衣及び所持品に対するもの>)をも被告人に呈示して、同様に右令状の余白に被告人の署名押印を得ており、そして右二通の令状に押捺されている印影は、前記会社事務所の捜索時に発見された印鑑によるものであって、しかも、前述の査察官による質問てん末書の末尾に押捺されているものと同一のものであることが認められる(甲五九、八〇、八二、八三)。

右事実に徴すると、前記質問てん書に押捺されている印鑑は、強制査察開始直後の捜索時に既に発見され、その場で令状の余白に被告人によって押捺されていることは争い難いのであって、これに反する被告人の弁解供述とこれに沿う証人望月信子の証言は到底信用できず、したがって右弁解が真実であることを前提とする弁護人の所論も採用できない。

なお最後に付言すると、被告人には軽躁多弁で自己の記憶にあいまいな事柄を場当り的に誇張して供述する傾向が著しく、その公判供述は容易に信用できないのである。

以上のとおりで、本件公訴事実は客観的証拠によりこれを認めるに十分である。

(法令の適用)

1  罰条 所得税法二三八条(懲役と罰金を併科)

2  労役場留置 刑法一八条

3  懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項

4  訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 尾崎俊信)

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